「教え方が上手な授業」、「教えていることがよくわかる授業」、「子どもの心を打つ授業」どれもできるようになりたいものです。
しかし、先ず自分がやらねばと思う授業は「ブレない授業」です。
上手下手は別として、授業者が何をしようとしているのか、第三者が、”見てわかる授業”と言い換えることもできます。
もし、第三者が見てもわからない授業を子どもが受けなければならないとすれば、それは不幸以外の何ものでもありません。
そのためには次の3点が大切だと、私は考えます。
毎回の授業で指導案を書かずとも、この3点をおさえた上で教材研究をしておけば、”的はずれな授業”はしないはずです。
1 何を目標としているのか、「めあて」がしっかりとしていること
3 実態をめあてに導くための「適切な指導方法」が選択されていること
1 何を目標としているのか、「めあて」がしっかりとしていること
「その授業がうまくいくかどうかは、教室に入った瞬間にわかります。」
私が初任者の頃によく言われた言葉です。
「そんなこと、わかるはずがないよ。」(あなたは超能力者か?)と、思ったのですが・・・
よく考えると、このことだったのではないでしょうか。
これなら、数秒でわかります。
黒板にその授業の「めあて」が書かれていない授業は、目的地が定まっていない船と同じであり、子どもが何を勉強しているのか、わからなくなってしまう危険性があります。
私が「めあて」を定めるポイントは以下の3点です。
・子どもの成長を目指し、子どもが主人公であること
・前の学習を振り返りながら、子どもと一緒につくること
・効果的な方法や手段を使って、子どもの疑問や課題を解決する
「めあて」がしっかりと定まっており、それを確認しながら進めることができる授業は子どもにとって何を勉強しているかを見失うことはありません。
2 めあてに対する子どもの「実態」を把握すること
「うちのクラスの子は応用力に課題が・・・」
「クラスの一人一人の子に個人差があって・・・・」
このようなお話をよく聞きます。
応用は基礎の連続的な積み上げからできているものと私は考えます。
最初から応用力のある子はいるはずもなく、応用力はあるが基礎力に欠ける子も、この世にはいません。
基礎のどの部分に克服すべき課題があるか、実態調査で数値化し、子どもから「めあて」として出て来る授業とすることができれば、大きな前進となります。
人の顔が違うように、個人差もあって、当たり前なのです。
むしろ、個人差を利用することを考えましょう。
全員が同じ時間で回答を完了し、揃って先生に丸付けを求めてきたら、先生方もきっと困ってしまいます。
3 実態をめあてに導くための「適切な指導方法」が選択されていること
「適切な指導方法」と言うと、つい「指導方法」に目が行きがちになります。
私は「適切な」という言葉により重きを感じます。
子どもに力を付けさせるための授業形態にしても「一斉」、「グループ」、「個別」と様々な形があります。
ICT機器の仕様に際しても、映像活用に重きを置いた授業、コミュニケーションツールとしての活用に重きを置いた授業とでは指導が異なります。
「めあて」という山頂を目指し、山登りをする際に、経験や体力という「実態」から、なだらかなルートを選択することも成功への一筋なのです。
特別な支援を必要とする子どもたちを指導する際、時計の針を表示した絵を黒板に貼っている授業を見たことがあります。
子どもを決して急かすのではなく、一定の時間の中で活動をさせるためのトレーニングとして、とても有効であると感じました。
最後に、初任の頃の私は1時間、子どもが楽しく授業ができれば、それでよしと考えていました。
そのせいか「活動あって、学びなし。」という厳しいご指導もいただいたこともありました。
念願かなって教壇に立つことができた若い先生方には、以上の3点を大切にしていただき、自信を持って自分の授業に向き合っていただきたいものです。